母の日



母の日。一年に一度、母に感謝を伝える日である。
それは5月の第2日曜日にその日はやってくる。




この日はお母さんにカーネーションの花を贈ったり、手紙やプレゼントを贈って感謝を表すのが一般的である。






……という建前のもとに、我々子どもたちは毎年「母親満足度調査・非公式コンテスト」に強制参加させられている気がする。

なぜなら母は毎年こう言う。





「何もいらないわよ、気持ちだけで十分よ」








これを文字通り受け取ってしまったら最後、夕飯時に繰り出されるのは、






「今年はほんとに“気持ちだけ”だったのね…」

という、感情の奥に仕込まれた時限爆弾だ。






去年の私はそれを信じて、手紙だけを渡した。手紙の締めくくりは「いつもありがとう。これからも元気でいてね」。




すると母はニコニコしながら、こう言った。





「ありがとう。で? これはプレゼントの前振り? それとも終わり?」







完全敗北である。







なので今年の私は進化した。プレゼントを準備した。しかも母の好きな花と、スイーツと、肩たたき券。完璧である。







だが母の目は語っていた。「え、これだけ?」






なぜだ。なぜ君は“気持ちだけでいい”と言いながら、物量で満足度を測ってくるのか。





思うに、母の日とは“感謝の伝達技術”の試験なのだ。
母という名の審査員が、我々の心と財布のバランス感覚をジャッジするイベント。
正解が見えない。


プレゼントに高級感を出すと「お金使いすぎでしょ!」と怒られ、安すぎると「私ってその程度なのね」とため息をつかれる。






では結論を言おう。

母の日とは、「母が喜びそうなことを、毎年ハズさずに当て続ける」という、エスパー能力を問われる超難関クイズ番組なのだ。














今年も私は、母の笑顔とため息の狭間で、正解を探してさまようことになるだろう。
でもまぁ、そんな母も、なんだかんだで好きなのだ。うん、たぶん。

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